姨捨山の姥捨て伝説

長野県千曲市と東地区馬郡筑北村の境界にある冠着山(かむりきやま)には冠山、更科山など別名がいくつかあり、俗称で姨捨山(おばすてやま)とも呼ばれます。

山頂からの眺めはすばらしく、小さな水田の1つ1 つに映る月の美しさから姨捨山の田毎の月という言葉ができ、2010年には姨捨の棚田として長野県初である国の重要文化的景観として選定されました。

姨捨の由来となった姥捨て(うばすて)伝説は、年老いて歩けなくなった自分の親を山に捨てにいくというものです。

この伝説は古くから大和物語や今昔物語などによって語り継がれ、その多くは、後悔した息子が山から親を連れ戻したり、姥捨てのお触れが取り消されたりして再び一緒に暮らすことができたという結末になっています。

実は、姨捨山の地名の由来が姥捨て伝説というのは、つくり話のようです。

墓地のことを日本の古語で「オハッセ」といいますが、オハッセが転じて「オバステ」となり、姨捨の字があてはめられたそうです。

そしてこの地がむかしは墓地だったことから、現在の姨捨山と呼ばれるようになったといわれています。

姨捨山と聞くと、例の姥捨て山の伝説を思い浮かべる人が多いでしょうから、紛らわしいですね。