長野と新潟の県境未確定エリア

県境がはっきりと定まっていないという場所は日本に意外と多いようです。

長野県北安曇郡小谷村と新潟県糸魚川市の接している県境もそのひとつの例です。

地図を見ると、この2つの村が接するあたりの1キロメートルあまりの県境が途切れています。

県境が未確定なのは、この一帯はもともと山奥にあって住民がおらず、県境について話し合うということがなかったという理由があります。

また、戦国時代に武田信玄と上杉謙信が領土をめぐって争っていたことが理由とも考えられています。

武田信玄は、小谷村が山をひとつ越えれば越後の領内となったため国境警備を厳重にし、上杉謙信のほうも小谷村に接している領内の警備に気をつかっていて、両者の緊張感は江戸時代まで続きました。

1700(元禄13)年、越後の住民が「信濃の住民が越後の領内に勝手に来て山で草を刈っていた」と幕府に申し立て、論争に火が付くという事態にまで発展しました。

そして現在でも、小谷村と糸魚川市のあいだで県境の合意はなされていないままです。

ただ、両者が歴史的な背景を引きずっていまだに敵対しているから県境の合意ができないというわけではなく、お互いに協力体制を築いていて良好な関係にあるのです。